緻密な芸術作品のような井上尚弥選手

 井上尚弥選手、すごいですね。本当にすごい。ボクシングというスポーツを戦略的、科学的に考え、合理的な計画を立てて緻密な準備をし、結果に結びつける。見事です。

 井上選手の最大の武器は強烈な右ストレート。先日のフルトン戦でもその右ストレートの見事なクリーンヒットが勝利のきっかけになりました。

 誰もがその右の恐ろしさを知っています。だから井上選手と対峙するときにはガートをあげて顔面をカバーしようとする。そこで威力を放つのが、左ボディフックです。ガードを上げたときに空いてしまう右の脇腹にグサリと突き刺さる。この左ボディでも多くの選手が悶絶KO負けをしています。

 自分の長所はインテリジェンスだと語っていたフルトン選手。他の選手より戦略的な試合の進め方をすることが得意ということだったのでしょう。彼は井上選手の右ストレートを警戒し、ガードをあげたときに繰り出される左ボディにも十分注意していたはずです。

 しかし井上選手はさらにその先を行っていました。いつものように脇腹を狙うフックではなく、真っ直ぐ打つジャブぎみの左ボディストレート多用したのです。ぐいぐい繰り出される左のボディストレート。いつしかフルトン選手の意識は低く真っ直ぐ突き刺さってくる左ボディストレートに集中するようになります。

 そして第8ラウンド。ずっと繰り返されたきた左ボディストレートがまた繰り出されたとき、フルトン選手の意識ば完全にボディへのガートに向いてしました。そして、その左ボディストレートに続いてまさに矢のようなスピードで繰り出された伝家の宝刀・右ストレート。「打たせないテクニシャン」だったフルトン選手もまったく防御できずクリーンヒットを許してしまうのです。

 ふらつくフルトン選手にジャンプするように放たれた追い討ちの左フックをヒットさせる技術もすごいですが、右ストレートを決めた時点で勝負ありだったと思います。

 一階級上の無敗チャンピオンに挑戦するための体づくりも見事でした、身長もリーチも劣る相手にバワーで引けを取らず、むしろ圧力をかけ続けた迫力は、どこの筋肉をどれだけ鍛えてどのようにボクシング技術に反映させるのか、ということを緻密に実践した成果でしょう。

 いつものことながら、本当に殴り合った後なのかと思わせるほど綺麗な顔で試合後のインタビューに答える井上選手の姿は、ボクシングとトレーニングを科学的、論理的に突き詰めた先にある芸術作品のように思えます。