「あかつき」のプロジェクトから思う計算の力

 私のサッカーの教え子たちの中に、算数の計算が速くできる訓練をする学習産業の顧客になっている子どもが過去、現在ともにいます。

 私はかねがね、数式の計算のスピードが早くなることがそんなに大切なことなのか、子ども時代に必要な他の時間を削って、安くない対価を支払ってでもすべきことなのか、と疑問を抱き続けています。まぁテストの時に答えが早くわかるという利点はあるでしょう。しかし、数学的思考、数学的能力の本質は、計算のスピードではないと思うのです。

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 先日、TV番組で金星を探査する宇宙調査装置「あかつき」のエビソードを紹介していました。「あかつき」は当初、金星付近に到達した後に、スピードを制御する噴射を行い、太陽の引力を振り切って金星の軌道に乗るはずでした。しかし、燃料の経路に付着物が堆積するという想定外のアクシデントが発生して噴射装置が破壊され、姿勢制御を失敗して太陽の引力に支配されることになってしまいます。

 金星観測は大失敗という絶望感が漂う中、ある女性研究者が光明を見いだします。「あかつき」が太陽を周回する軌道と、金星が太陽を公転する軌道を計算し、5年後のある時、ある地点で、「あかつき」と金星が接近するポイントを探り当てたのです。

 その奇跡的ピンポイントで、残された姿勢制御装置を噴射することで「あかつき」は金星の軌道に乗ることができる。噴射に必要な時間は二十数分と算出されました。その姿勢制御装置は元来、わずか数秒ずつの噴射を想定してつくられています。二十数分もの連続稼働に耐えられるのかが心配されました。しかし「あかつき」は見事、5年遅れで金星の軌道に乗ったのです。

 「あかつき」は現在でも金星の軌道を周回し、これまで謎であった金星のデータを刻々と地球の研究所に送り続けています。5台積んだカメラのうちすでに2台は作動しなくなっているとのことですが、残った3台のカメラは現在進行形で金星研究の扉を開き続けているのです。

 想定外の暴走をしてしまった「あかつき」と金星の動きを見極め、接近ポイントを探るという、大宇宙を相手にした女性研究者の計算の経緯がいかに過酷だっかは、机の上に山と積まれた用紙の束が雄弁に物語っていました。「あかつき」プロジェクトを支えた彼女の「計算力」の偉業を知ると、計算とは、何をどのようにするかを考え、それをどう実践に活かせるか、という力を伴って発揮されることが大切であることがわかります。

 科学に、社会に、人類に貢献するような彼女の計算力を考えると、テストで早く答えを出すために必死に数式計算の反復訓練をするなどということが、いかに些末でむなしい訓練であるかがわかります。

 物事を為すにあたって「どのように」という方法論も大切ですが、もっと大切なのは「何のために」「なぜ」ということです。「どのように」は確かに目前の利益に直結しやすいノウハウです。しかし「何のために」「なぜ」を考えられないまま、ノウハウだけはあざとく身につけて大人になっていくことは悲しいことです。

 いくら計算が早くできても、それをいつ、どこで、どのように使い、それが何のためになるのか、を理解できなければ、世の中の役には立たず、ただ「計算が早い子」で終わるのです。