サッカー文化の原点...これだよね!

 先日、配信型サッカー放送DAZNイングランドFAカップサットン・ユナイテッドvsアーセナルの試合を担当しました。
 サットン...? 多分、相当詳しいイングランドサッカーファンだって聞いたことのないチーム名でしょう。イングランドのプロサッカーはプレミア(1部)、チャンピオンシップ(2部)、リーグ1(3部)、リーグ2(4部)というカテゴリー分けになっています。サットンはさらにその下、ナショナルリーグに所属するチームです。
 ナショナルリーグとは、日本で言えばJFL。一部プロ選手もいればアマチュアもいる。サットンもほとんどの選手がアマチュア。監督も無報酬のボランティア。順位で数えればアーセナルから104位も下のチーム。それが一発勝負のFAカップで次々に自分より上位のチームを倒して勝ち上がり、ついにアーセナルと対戦することになったわけです。

 FAカップはどの会場で試合するかは抽選結果次第。このカードはアーセナルのホーム、エミレイツスタジアム(7万人収容)ではなく、サットンのホーム、ガンターグリーンレーン(5000人収容)で行われることになりました。サットン側が同意すれば、エミレイツで試合することも可能です。チケット収入は両チーム折半ですから、サットンとしてはエミレイツで試合した方が単純計算で14番の収入になる。だけど小さなホームスタジアムでやる。そこが「我が町のクラブ」の心意気。

 正面スタンドにわずかに椅子席があるだけで、あとは策が囲ってあるだけのガンターグリーンレーン。チケットは当然、即刻売り切れ。クラブホームページには「ダフ屋行為は禁止です」と注意が書かれているのだけれど、脇道や丘の上や塀に上れば簡単にタダ見できるような造りのスタジアムなので(横浜市民なら小机競技場をイメージしてください。あんな感じです)、あまり関係ない(笑)。地元サポーターは紙で自作のFAカップを掲げながらスタンド...というより「柵のまわり」(笑)に詰めかけます。
 アーセナルを乗せたバスが到着。普段は遠くからしか見られない大スターたちが次々に降り立ちます。地元ファンは精一杯ブーイングを浴びせるのだけれど、すぐに立ち消えてしまいます。「わぁ本物のウォルコットだ、あっヴェンゲル監督だ」ってなミーハー心理が先にたっちゃう(笑)。

 地元ファンにとっては、我がチームがアーセナルFAカップを地元スタジアムで争うなんて、生きている間に絶対にもう二度とないこと。だから応援するというよりはもうほとんどお祭り騒ぎ。試合中には体重100kg超「空飛ぶ豚」の異名をとる45歳の名物サブGKウエイン・ショーがベンチ内でパイ(甘いお菓子ではなく、総菜がぎっしりつまったハンバーガみたいなもの)を食べているシーンが映し出されて笑いを誘うなどの「貴重映像」つき(笑)。

 試合はサットンが大健闘するも、やはり順位差104位はいたしかたなく、2-0でアーセナル余裕の勝利。順当な結果となりましたが、それでもサットン・サポーターは楽しい「一夜の夢」をみたことでしょう。そして「我が町のチームがあのアーセナルを迎えた日」のことは、これから先、連日パブでの語りぐさになり、その話は孫子の代まで語り継がれることでしょう。
 私はイングランドに渡るたび、立派なスタジアムでスター軍団が繰り広げる華麗な戦いよりも、サットンのような地域にしっかり根付いたクラブのサッカー文化に感動します。ロンドン郊外の小さな町。市内にはアーセナルチェルシートッテナムウエストハム、クリスタルバレスなど、名だたるプレミアクラブがあるのに、生まれ育った地元のノンプロチームをサポートしつつ、今回のような一世一代の機会を楽しむ。いいなぁ、これだよ目指すべきは...と思うのです。