もう抗議する気力も失せる

 不可解な判定、不運なアクシデント。よくもここまで繰り返しツキに見放されるものだというシーズンを送っている我が港北FC。今度こそは自分たちの実力に相応しい結果を、と臨んだ一戦。選手たちはここまでの悪夢のような流れを断ち切るべく、とても集中して試合に向かいました。
 私の指示した戦術、コンビネーションを忠実に履行した選手たち。狙いは的中して、わずか開始4分で先制点。流れはとても良い形でした。
 ふと、いやな予感がよぎりはしました。二度あることは三度ある。ここまでは確かにそうでした。しかし、いくらなんでも、五度、六度と同じ悪夢は繰り返されまい。そこまでしつこく悪魔はとりついてはいないだろう、と自分に言い聞かせました。
 追加点のチャンスは何度か逃したものの、ここまでほとんど相手に決定的な形を作らせず、守備もまずまず。前半をこのまま終えて、後半の戦いをイメージしはじめた矢先、ホイッスルが鳴りました。PK。ええっPK?????悪魔が舞い戻りました。

 普通、PKになるかならないかの際どいプレーでは、例えば倒された選手やチームメイト、あるいはベンチが「あれはPKだ」というように激しくアピールするものです。しかし、誰も何もアピールしない中、ただ主審のみがしたり顔でスポットを指さしてます。「よっしゃラッキー」と相手チーム。呆然とする我が選手たち。
 試合前の打ち合わせ。双方の代表者と審判団が話し合う時、「この話し合いの進行は誰がやるのですか」とバカバカしいことを問いかけた主審氏。たった5人の打ち合わせに進行係が決まらないと話が進まないとする石頭。「ああ今日もハズレ人事だ」と覚悟はしていました。しかし、そのハズレの影響がこんな形で出るとは.......。
 多分、ボールを蹴り出した我がチームの選手の足が、相手選手に当たっていたのでしょう。大した接触もないのに倒れた相手選手は、完全に自らバランスを崩していたと思います。もちろん、我がチームの選手は相手の体を目がけて押したり、蹴ったりは絶対にしていません。これは明らか。でも、何らかの形で足が当たっていたのでしょう。だから厳密に言えば「蹴った」ということになるのかもしれません。進行が決まらないと話ができない石頭なら「蹴ったことには変わりない」と判断するのも無理はない。
 それがPKに値するプレーであったかどうかは、まったくアピールしなかった相手選手が一番よく知っているでしょう。それがPKであると断じたのは、ビッチの中で主審ただ1人だけだったことは確かです。
 石頭君、PKになる直接FKと呼ばれる反則は、どういう主旨で制定されているかをよく勉強しなおしましょうね。まず選手の保護。体に危険を及ぼすようなプレーを制限するため。次はフェアの精神の遵守。勝つために手段を選ばないという悪しき傾向を制限するため。さらには、ゴール前の決定機というサッカーのハイライトを反則で止めることを制限するため。あのPKに判定されたプレーは、このどれに
該当するというのでしょうか.....? 足がコツンと当たれば全てPKとしていいものかどうか、審判団で「進行役」をしっかり決めて話し合うといい。
 「せっかく今度はうまくいっていたのに、どうしてまた...」「なぜ毎回、毎回、こんな判定ばかりに泣かされるのだ」選手たちに大きな動揺がひろがります。あとはここまで四度、五度と繰り返してきたこととまったく同じシナリオの再現。バー、ポストを叩くシュート、GKのファインセーブ、そして前ががりの隙を突かれてカウンターで万事休す。1点差の逆点負けコレクションがまた一つ増えました。
 心理的な動揺がなければ、際どいところでノーゴールとなった数々の好機も、一つくらいは得点になっていたことでしょう。もちろん、どんなアクシデントがあっても逞しく乗り越えるメンタルタフネスは大事。でも、これまでに「またか」と思わせる不可解判定が続くと、「それもサッカーだ」などと選手に言い聞かせる気力も失せてきます。