試合に出て自分らしくプレーしてこそ

 サッカークラブの中学生の部のセレクションを行いました。まだ小6の一学期が終わったばかりなのに、もう中学生になってからの(半年も先の)サッカー環境を決めねばならないとは、何ともおかしな話です。

 しかし、私たちのセレクションなどかなり後発の方で、すでにほとんどのクラブがセレクションを終えてしまっています。いうまでもなく「青田買い」競争に歯止めが効かず、われ先に優秀な子どもを囲い込んでしまおうとするクラブが、先、先、先、と時期を早めていくうちに、もともと冬に行われていてものが秋になり、やがて夏になったわけです。今や春のうちに、つまりまだ6年生になって間もないうちに青田買いならぬ「新芽摘み」をしてしまうクラブもあるようです。

 中学のサッカー環境を選択する時に、大抵の親子は「より強いチームに」という希望を持つようです。それも一つの考えです。ただ、どんなチームに入ったとしても、試合に出られないと意味がありません。強豪チームに拾ってもらったはいいけれど、結局3年間ほとんど試合には出られなかった、というのでは成長著しい3年間を無駄にすることになります。

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 また、強豪チームには能力の高い選手が多いので、望んだポジションでは出場できない可能性もあります。同期に絶対的なエース、中心選手がいるポジションなら、まず出番は望めないでしょう。よくある話ですが、FWがDFに置かれたりなど望まないポジョンを強いられて不満を持ちながらプレーしなければならないということもあるようです。

 強いということは、それだけ結果に固執しているということですから、即戦力の選手を実践的な練習で徹底的に鍛えることで戦力を維持しているはずです。言い換えると、戦力にならないと判断された場合でも、将来を見据えてじっくり育ててもらうなどという期待はまったく持てないわけです。

 こうしたことを十分理解した上で「少しでも強いチームに入る」と考えるならいいでしょう。しかし実際は親子ともども、強豪チームのレギュラーで出場するイメージ(夢)は抱くものの、そうでなかった時のイメージなどまたく考えていないようです。30人、40人同期が合格しても、試合に出られるのは11人だということは忘れてしまうのです。

 試合にろくに出してもらえない、また、出られるように育ててもくれない、手厚い指導を受けるのは結果の出せるレギュラー周りの子だけ...そんなチームに高い月謝を払って3年間通う、というのはどう考えても合理的ではありません。「強いチームに所属していた」という自慢話を語るためなのでしょうか?そうであれば壮大な時間のムダです。

 昔は、子どもが目先のことしか見えず、後先を考えずに不適切な選択をしがちであり、それを社会経験を積み状況を俯瞰できる能力を身につけた親が諌めた、というケースがほとんどでした。ところが、今は親の方が先頭に立って「目先」のことに惑わされています。生半可なネット知識程度のことでサッカーや育成のことを知ったつもりになり、子どもの人生を振り回してしまうのです。

 プロになれるのは4万人に一人。99,99%の子は普通のアマチュアプレーヤーとして一生を終えます。成長著しい中学の3年間に存分に個性を伸ばして試合経験を積めたのか、それともベンチを温めて、あるいはベンチにすらも入れずに終わるのかの差は、その後のサッカー人生の「幸福度」に大きな差を生むと思います。「強いチームに所属していた」という自慢話をしたところで、その後のサッカーのプレーはちっとも面白くはなりません。