W杯-10

勝戦

 タフな試合でした。取って取られて、引き離して追いついて...しかも要所でそれぞれのエースが決定的な仕事をする。まるで漫画の筋書きのよう。

 W杯で勝つにはテクニック、フィジカルに優れた選手を高度なチーム戦術に徹するようまとめ上げるのが当たり前になりました。以前はその3つのどれかがズバ抜けていれば勝てたのですが、今は三拍子全部が高いレベルで揃っていないと勝てない。

 さらに、3拍子揃ったチームに一人「宇宙人」みたいな選手がいなければ優勝できないのだな、と思いました。それぞれの宇宙人、メッシとエムバペが超能力(笑)を発揮しました。もう日本からすれば宇宙戦争みたいです。はるかかなたの話に見えました。

 日本のサッカーも相当進化したと思います。実際、強い相手にしっかり戦えるようになりました。しかし、他の国だって常に進化している。追いついたと思ったら、また差をつけられる。その「より進化している」チーム同士が魂を削り合うような戦いを展開しました。

 人並みはずれた天賦の才能を持ったエリートたちが、統計と科学に基づいた最新のトレーニングとコンディショニングをして、徹底的に相手を研究し、対策を立て、緻密な戦術を構築してぶつかり合う。その先にあるのは、もはや「根性」だけだなと(笑)。あらゆることをし尽くした人間が最後に振り絞るのは本当に「気力」なのだな、と感じました。

アルゼンチン

 タフな戦いをするのはこの国の伝統なのですが、それにしても守備の厳しさはお見事でした。鋭い読みからのインターセプトあり、強いタックルあり、捨て身のカバーリングありで、破壊力のあるフランスの攻撃を押し込めていました。

 2失点のうち、ハンドのPKはきちんとシュートコース塞いでいただけに不運。エムバぺに食らったボレーは200余のFIFA加盟国のどの国のDFでも防げないでしょう(笑)。終盤、あわや失点という場面もありましたが、それでもチームに徹底された守備意識は素晴らしかったと思います。

 メッシという絶対的な存在を周囲の貢献で活かすという古典的な戦法をベースにしながら、最先端の組織守備を徹底させたスカロー二監督44歳、見事です。

 そして、大事な舞台で大仕事を成し遂げてみせたディマリア、素晴らしかったです。メッシの戴冠を支え、自分の引退にも彩りを与えた鋭いドリブルが印象的でした。

フランス

 ジルー、グリーズマンデンベレというチームの核と思われていた選手を引っ込めてからの方が強かった気がしました。交代を尽くして最後にピッチに立っていた大半がアフリカにルーツを持つ選手たち。そして実際、その選手たちの方が機能していました。エムバペの超絶シュートに結びつくきっかけも、交代出場の選手がメッシのボールを奪ったプレーでした。

 80年代に華麗なパスと個人技のコンビネーションで一世を風靡したプラティニ、ジレス、ティガナ、フェルナンデス、ジャンニーニ、シスといった選手で構成されていた頃のフランスとは大きく様変わりしました。最後は何だか日韓大会で活躍したセネガルみたいな感じになっていましたね。

 もともと多民族国家で、あのジダンもルーツはアルジェリアですから、そういう国だと言ってしまえばそれまでですが「フランス」という枠組みについて考えさせられました。

 でもアルゼンチンのマクアリステルだって、英語読みならマカリスター。MAcとCを小さく書くのはスコットランド系らいしので、祖先はスコットランド人かも。他にもメンバーの先祖をたどればイタリアとかドイツがいっぱいいます。

 国って何なのかな、と思うわけです。

エムバペ

 一般道にターポ付きのレーシングカーが入っているようなものですね。アクセル踏まれたら誰も追いつけない。そして、ただタテに早いだけでなく、柔軟なテクニックも併せ持っています。PKを含むとはいえ決勝ハットトリックはすごい。

 なんと言っても、独りよがりのプレーではなく、周りの選手とうまく絡むプレーもあるから手がつけられません。仲間にボールを預けたら、基本通りパス&ゴーをして、より効果的な位置でリターンを受ける。これから先、何年、対戦相手がエムバペ絡みのプレーに絶望することでしょう。

 一試合に3本PKを蹴って、その全てが同じコースに決めるという度胸もすごいですね。しかも、アップで映された表情を見ても、ためらいや迷いが全然ない。蹴る前にマイナスオーラ(笑)が出でいた日本代表の選手たちとはぜんぜん違う。23歳ってほんとですか?

 次のW杯までの4年間、世界はこの人中心に回るかもしれもせんね。真面目で意思が強そうですから大丈夫だと思いますが、名声の「おこぼれ」で一儲けしようとする悪い取り巻きにそそのかされないよう気をつけてほしいです。

メッシ

 期待されて、警戒されて、激しくマークされて、それでも大事なところで決定的な仕事をする。まさに「神の子」ですね。フランスの身体能力の塊みたいな選手たちの情け容赦ない潰しに、いつになくボールを失う場面も結構ありましたが、それでもいつの間にか「ここ」しかないというタイミングで「ここ」しかない場所に現れてグサリと3点目を突き刺す。すごい。

 決勝に関しては、「こんなに守備をするんだ」と思うほど守りの仕事もしていました。ヘディングのクリアもありましたよね。明らかに守備的な仕事は得意そうではありませんでしたが(笑)。だからこそ、優勝に対する思いがいかほどなのか、と思いました。

 エムバペと違い、PKではズバリと蹴り込むキックとGKの動きを見極めてタイミングをズラす蹴り方の使い分けが見事でした。

 選手、スタッフ、その他関係者のほとんどが泣いているのに、一人だけ冷静な笑顔だったことが印象的です。自分がアルゼンチンを背負っているのだ、という自負からくる泰然自若なのでしょうか。その超然的な振る舞いを見て、それこそ「神」の立ち位置のようだと思いました。

 これで彼は、地球上のサッカーに関する栄光の全てを手に入れたことになります。この先、何が彼のモチベーションになるのでしょうか。

レフェリー

 主審のマルチ二アクさん、うまかったですね。的確なジャッジでした。さすがにW杯決勝をまかされるだけあります。

 まず、風貌に迫力がある(笑)。顔がいかついだけでなく、身体がマッチョ。厚い胸板と太い腕をしていました(笑)。「おい、レフェリー!!!」と凄んでくる選手を「うるさい、黙れ」と睨み返す威圧感がありました。

 試合終盤、あわやPKという場面で迷うことなくシミュレーションでイエローカードを提示した場面は「お見事」というしかありませんでした。スローを見ると確かに引っかかっていない。あれをトップクラスの流れの中で見極めるのは至難の業です。

大会を終えて

 勢力地図が書き換えられるターニングポイントになった大会かもしれません。

 日本を筆頭にアジア勢が決勝トーナメントに3チーム進出し、ボルトガルを撃破したモロッコがベスト4に躍進しました。モロッコは少しの運さえあれば決勝進出もあったか、と思わせる強力な戦力でした。

 その一方で、ドイツ、デンマーク、ウルグァイ、ベルギー、セルビアなど、実力者と思われるがグルーブリーグ敗退。トーナメントではブラジルがクロアチアに競り負け、スペインもモロッコに退けられました。

 アメリカ、カナダも含めて、アウトサイダー確定とされていた国々が決して侮れない存在になりました。

 4年後、今回のモロッコのような存在が続々と出てくると楽しいですね。

 ヨーロッパネーションズリーグの実施でヨーロッパ勢同士の強化が進むのか、はたまたビッグクラブのビッグゲームの合間のスケジュール過密でヨーロッパ勢の有力選手が疲弊してしまうのか...。次回は参加チーム数が増えることのレベル低下が気がかりですが、4年後、どうなることでしょう。