雲と泥

 イグランドプレミアリーグの名門・マンチェスターユナイテッドを26年間、率いてきた名将サー・アレックス・ファーガソン監督が今シーズン限りの勇退を表明しました。最後のホームゲームとなった5月12日のスウォンジー戦では、光栄なことに解説を担当させていただきました。ゲームはマン-Uが2-1で勝利して勇退に花が添えられ、香川選手もフル出場で活躍しました。
 熾烈な戦いが続くトップレベルの世界でリーグだけでも13回の優勝、通算38個のタイトル獲得という偉業は、クラブの監督としては間違いなく世界一の実績といっていいでしょう。
 ファーガソン監督のチームづくり、采配には、決して妥協というものがありません。戦力の発揮、維持にマイナスになると判断されたものに対しては、容赦なく一線を引きます。プレーでも人気でもトップだったベッカム選手にサッカーシューズを投げつけて怒ったエピソードはあまりにも有名。それでベッカムがチームを去ることになっても意に介さない、代わりの選手を呼ぶだけだ、というのがファーガソン流。
 今回も、移籍話が取り沙汰されているエース、ルーニー選手をホーム最終戦なのにベンチにすら入れないという徹底ぶり。「まあ、そうはいっても世界中が注目する試合だし....やはり最後は勝ちたいし....」というヤワな気持ちはないわけです、最後の最後まで(笑)。
 さて、ファーガソンさんが「雲」とすれば「泥」の位置にいる私。小学4年生の采配で悩みました。グループリーグを勝ち進んでの市大会の決勝トーナメント。試合は8人制。しかし在籍はその倍以上の18人。グルーブリーグでは、前半と後半を9人ずつにわけ、ハーフタイムでメンバーの総取り替えをするという「離れ業(笑)」で戦ってきました。
 グループリーグを勝ち抜いてきた強豪揃いの一発勝負の決勝トーナメントで、前後半で総入れ替えなんてことやっているチームはどこにもありません(笑)。こちらも運動能力に優れた子どもばかりを選抜してチームを組み、無駄な交代などせずにベストの戦力で臨めば、かなり勝算は高いと予想されました。
 しかし、私は敢えてグルーブリーグ同様、前後半総取り替え方式で、全員を出場させる方法を選びました。いろいろと考えはありましたが、「そういう方法で臨んだらどうなるか」ということを検証したいという気持ちが最も強くありました。戦力を半分ずつに分けて戦うのですから、劣勢になることは最初から明らかです。
 ところが意外なことに、前半2-0とリードする展開になりました。こうなると、子どもたちにも「勝ちたい」という気持ちから緊張感が高まってきます。「総取り替え」で後半投入されたメンバーには、まったくいつもの伸び伸びとした動きが無く、必死になってきた相手に気圧されてガチガチに固まってしまいました。
 あれよあれよという間に2-2-に追いつかれて終了、子どもたちはもちろん、我が子を応援する保護者の皆さんにとっても初めてのPK戦となったわけです。そして生まれて初めてのPKキック。練習もしたことがないぶっつけ本番。不運なことに1人がGKに阻まれ、1人がポストを叩くキック。相手は全員が成功して次戦には進めませんでした。
 PKキッカーの子どもたちは、大勢の応援の前で全身が引き裂かれるような緊張は味わったことがなかったことでしょうし、失敗した子どものショックの大きさは相当大きかったと思います。しかし....これは負け惜しみではなく......とてもいい経験をさせることができました。
 運動能力の優れた子ばかりを選抜して戦えば、ほぼ間違いなく勝利していたでしょう(半分の戦力で2-0だったのですから)。ただその場合、選ばれた子の優越感ばかりを増長させていたかもしれませんし、PK戦という経験、失敗のショックも味わうことがなかったでしょう。また、僅かなことで勝利を逃したことで、キックの正確さなど自分の足らざる部分に気がつき、向上心が湧いたかもしれません。
 同じ采配でも、絶対に負けないのがファーガソン。いい経験をさせることはできたのですが、代償として勝利を逃したのが私。「雲」と「泥」の差はこういうことなのですね(笑)。