皆既日食

 欧州チャンピオンズリーグ決勝、バルセロナのサッカーは見事でした。私も60年代後半からこの大会を見ていますが、攻守両面にわたってこれほど完成度の高いチームは見たことがありません。敗軍の将アレックス・ファーガソンも同様のコメントを発していました。
 今回のバルセロナは、ある意味、現代のサッカーの理想型ともいえるかもしれません。今後は「あのバルサのようなサッカーを」という潮流が世界中でうねることでしょう。もちろん、バスワークとテクニック大好きの日本では、その傾向はことさら強くなるでしょうね。
 バルサの育成法、バルサの戦術、バルサのチームづくり、バルサのクラブ戦略といったものが、それはそれは金科玉条のように、いたるところでもてはやされることでしょう。しかし、それを正確に真似たからといって、あのような選手、チームがつくれるかといえば、そんなことはありません。それは幻想と言い切っていいでしょう。

 過去、史上最強と形容されたチームがいくつもありました。70年W杯優勝のブラジル、欧州チャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前身)を3連覇したアヤックス、オランダトリオのいたころのACミラン、レアル.....などなど。それらは当時の理想型とされ、戦術やチームづくりがコピーされましたが、それらを真似て同じような成功を勝ち取ったチームはほとんどありません。
 まず、斬新な戦術、的確な戦略が描ける監督がいること、次に、それを具現できる能力のある選手が多数いること、さらには、それらの選手のピークが同じ時期に重なること、などの条件が揃うことで、強力なチームができあがります。言い換えると、バルサの方法を真似ても、それを具現できる才能のある選手が成熟した年齢で揃わねば、難しいのです。ちょうど、太陽と地球と月が一直線に並んだときだけ見事な皆既日食が見られるように、スーパーなチームが生まれるときとは、さまざまな条件が同時期に揃うときなのです。
 とりわけ、特別な能力を持った選手の存在は大きな意味を持ちます。70年W杯のブラジルはペレ、トスタン、リベリーノがいてこそ、3連覇のアヤックスはクライフ、ニースケンスがいてこそ、80年代のミランフリットファンバステンライカールトがいてこそ......。今回のバルサもメッシ、シャビ、イニエスタなどグラディオラ監督の目指すプレーを具現できる選手がちょうどよい年齢で揃いました。
 では、そういう選手は、ある育成法の採用によって必ず生み出せるのでしょうか。私はNOと思っています。天才はノウハウでは作り出せません。天才は天才として生まれるものです。一時期、カズがブラジル留学で成功したからといって、猫も杓子もブラジル詣でをしましたよね。でも、カズと同じ成功をした選手は一人もいませんよね。一人!!!も。カズと同じブラジルの育成方法にどっぷりと浸かったというのに....。
 ただ、だからといって優れた方法を放棄しろといっているのではありません。バルサのノウハウを盲信するのではなく「バルサではこうやっているらしい」という程度の冷静なとらえ方が必要と思うのです。文化も、スポーツに対する意識も、歴史も、人々の気質も違う日本で、同じサッカーを再現することはできません。一つの優れた成功例とし、まず冷静に足元を見つめて育成を推進していただきたいと思います。