スポーツと文化

 3月28日のプレミアリーグ解説はバーンリー対ブラックバーンの対戦でした。最初に担当を告げられた時「???このカードを観たい人いるのかな」と思いました。アーセナルチェルシーなどの有名チームならともかく、日本ではあまり知名度のないチームどうしの対戦だからです。

 担当プロデューサーの話を聞いて納得しました。視聴者の中にこのカードを希望する方がいて、その方は「このカードは英国内ではランカシャーダービーとして有名なのだから放送すべき」と語られたそうです。確かに調べてみると、マンチェスターユナイテッドマンチェスターシティ、アストンビラバーミンガムなど同じ都市に本拠を置くチームのダービーマッチのみならず、州エリアでのライバルがダービーマッチとして熱い戦いを重ねてきた歴史も多くあり、中でもこのランカシャー地域のダービーマッチは「熱さ」ではトップランクということでした。

 この ゲームを担当させていただいたおかげで、私は両チームの地元ランカシャー地方について新たに知識を得ることができ、州名の起源なったランカスター家や、そのライバルだったヨーク家(ヨークシャー地域の起源)の歴史について調べることができました。ブラックバーンのエンブムにはバラが描かれていますが、その「赤いバラ」がランカスター家の紋章であったことも知り、バラ戦争」と呼ばれるヨーク家との紛争について、また同年代にフランスと間に繰り広げられた100年戦争についても復習することができました。実際の放送の解説ではプレーの分析が中心になりましたが、その合間にランカシャー地域の特性、地理、産業、歴史などについても少し触れることができました。サッカーのプレーのみならず、そうした英国文化の一端に興味をいだいてくださる視聴者がいれば幸いと思いました。

 スポーツは人間の交流であり、人間の交流からは文化が育まれます。自分と仲間の関わりを感じ、考える。主張と協調のバランスをとりながら、目標の達成に向かう。歓喜と挫折を繰り返しながら、よりよい自分になるために多角的な視点を養う。そこに知的探求と肉体の鍛錬がともなう。試合や大会を通して人と社会の関係を知り、その中で自分の為すべき行動を学ぶ。そうした人と人の接触、交流の集積が「文化」の土台になっていくのでしょう。その意味では、子どもたちがスポーツで切磋琢磨することは、文化の形成としても、文化を学ぶ上でも、とても大切なことではないでしょうか。

 近年、小学生の高学年になると「受験」でスポーツを離れていく子どもが目立ちます。知的好奇心を満たし、創造性を開拓するための知見を増やすという意味での学習なら、それは文化につなかるでしょう。しかし、昨今の受験教育は、点数を争う仲間を蹴落とすための「術」の獲得にすぎません。事実、進学塾の中には、点数によってあからさまに席順を決め、いたずらに対抗心を煽るところもあるとか。同じ教室の友を「敵」と思い、自分だけが一歩抜出して「合格」という結果を手にするすことに腐心する毎日を送ることが、果たして豊かで味わいのある文化を育ててくれるのでしょうか。

 ランカシャー地域について調べるのは「テストに出るから」。ランカシャー地域の産業も風土も歴史も暗記して知っているけれど、受験で有利にならないのであれば特に現地に行きたいとも思わないし、それ以上の知見を深めたいとも思わない。余計なことにエネルギーを使うくらいなら英語の単語を一つ覚えた方がいい。そんな思考回路しか発揮できない訓練を重ねるのであれば、文化を担う人間としてとても悲しいことです。